アマチュア強豪、中部銀次郎

diamond_gust

2022年09月07日 21:00

以前より球撞きに対する金も時間も限られるようになり、別の方面から成長できないかと考えた結果
ゴルフのメンタル関係の本を5、6冊読んでみました。
「止まってる球を引っぱたくだけ」「自分のプレー中に相手が干渉してこない」という
共通点があるだけに、かなり参考になった。

その中で、よく出てくる名前の方が気になり、古すぎて図書館の書庫に埋もれていた3冊を読んでみました。
おそらく、昭和のゴルファーには懐かしいと思わせる名前なのではないでしょうか。



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・のちに大手水産会社の副社長を務める父親のもとに生まれ、虚弱体質を克服するため
散歩がてら父親のゴルフに付いていったのが始まり。小学校6年生の頃にハンデ20を切る。

・高校2年時、関西学生選手権に大学生に交じって出場し優勝。

・一浪中に参加したアメリカでの大会で、プロ入りする2年前のジャック・ニクラスのプレーを見て衝撃を受け、
プロの道をキッパリ諦める。その代わり「井の中の蛙(国内アマチュア界)のトップになる」と決心する。

・大学2年時、日本アマチュアゴルフ選手権に優勝。以降、本選手権には26回出場し合計6回優勝。

・2001年12月、食道癌で59歳の若さで死去。
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若くして出した結果がヤバすぎ。


「大卒初任給が1万5千円の時代、小遣い3万円もらってゴルフの練習代や遠征費を賄っていたが、
試合が増えるにつれ足りなくなり、8万円に増額してもらった。恵まれた環境だったとはいえ、家もよく出してくれたものである。」

と言ってるあたり、自他共に認める「ええとこのボンボン」なのは確かでしょう。
でも、それだけで結果が出せるような甘い世界でもないでしょう。
凄い人がいたもんですね。アマチュアで書籍が30冊も出版された人って、他の種目でいますか?


そういえば、球仲間でゴルフ歴四半世紀の50代オッサンに中部氏の名前を出しても「誰?知らん」と言ってました。
そんなもんかと思いつつ、参考までに2001年前後に亡くなった有名人を調べてみたのだが・・・

2000
【政治】小渕恵三、梶山清六、竹下登 【芸能】荒井注、塩沢兼人、青江三奈、鈴木その子 【スポーツ】鶴岡一人
2001
【経営】大川功 【芸能】三波春夫 【スポーツ】杉浦忠
2002
【経営】佐川清 【芸能】海老一染太郎、村田英雄


こうして見ると、没後20年も経つと思い出話にも挙がらんよなぁ・・・
中部氏も昭和末期には大会から身を引いてたから、平成以降にゴルフ始めた人は知らなくて当然か。



「ゴルフの質を高めるのは、試合に出たときのような精神の緊張である。練習ではいつも容易にできることが、試合ではできなくなる。
さらに練習を重ね、気持ちを強くして、試合の中でできるようにする。そこにゴルフの醍醐味があるように思う。
ゴルフは上がっていくつのゲームであり、ショットの質など問われないのと同時に、悪いショットから良いスコアが生まれっこないのも事実であり、
だから結局は不断の練習が必要なのだ。」

「実際、優勝を目前にした時のショットは1打1打、非常な重圧となって思考力を奪いそうになるのだ。
普段なら状況を即座に判断し、どういう球筋のボールを何番のクラブで打って・・・と決めてアドレスに入れる。
だが大詰めが迫ってくると、何もかも悪い条件ばかりが脳裏に浮かんできて、風が、あのバンカーが・・・と気になりだすのだ。
そして打つのが怖くなる。決断すべきときが来ても、決断できない。一種のパニック状態に陥ってしまうのである。
いざという瞬間に、他でもない自分自身の内部で生まれて大きくなり、そして自分を脅かすに至る精神状態・・・
これを克服するにはどうしたらいいのか?
私はあれこれ考えた挙句、方法は1つしかないのだと結論した・・・『練習を重ねるしか道はないのだ』。
土壇場に立たされた時、ゴルファーを支えてくれるのは、自信だけである。
それも、自分の技術に対してではなく、自分はあれだけ練習したのだという自信である。」

「大舞台でなくとも、似たような状況に立たされることはサンデーゴルファーにもよくあるはずだ。
最期には、しっかり決断しないまま中途半端な気持ちで打ってしまう。結果はもちろん目に見えている。
これを避ける唯一の方法は、アベレージゴルファーでも超上級者でも、練習を重ねるしかないのである。」



頑張ります、ハイ。
何はともあれ、今週末は初めてホームじゃない店の大会に出て、アウェイ感の中で撞いてきます。
やっぱり一皮むけるには変化というか、刺激が必要だわ。

再構成とはいえ、2022年に新書が出るレジェンド
中部銀次郎 ゴルフ 心のゲームを制する思考

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