2015年04月13日
散り始め。 酒波寺の行基桜、清水の桜(高島市)
12:10、酒波(さなみ)寺に到着。


【酒波寺の行基桜】
酒波寺は、奈良時代に行基によって開かれた。その後、元亀3年(1573年)織田信長により
焼失し、後に再建された。桜の幹の祠から炭が出てきたので寺院が焼かれたとき焦げ
再生したと考えられ、当時すでに大木だったことから樹齢5~600年と推定されている。
平成15年の大雪で北側の大枝2本が裂け、半分の姿にになった。蕾は赤く、花は小さく、
散る前に純白になる。

公称21.5mとのことですが、滝屋の感覚としては20m台後半くらいはあると思います。

10年ほど前に、雪の重みで北半分の枝がごっそり折れてしまったそうです。
確かに、現物を見ると歪な形をしています。

かなりの満身創痍ですが、命あるかぎり楽しませてください。来年も、再来年も。

このお寺は芝生スペースもあるし、観光地化されていないし、
弁当持ってお花見するには丁度良いと思います。来年も来よう。

さて、今日の最後は「清水(しょうず)の桜」です。
※そういえば、大野市役所近くの有名な湧き水「御清水」も「おしょうず」って読むよね。
北陸の歴史的な背景でもあるのかな。
【清水の桜】
水上勉の小説「桜守」にも登場する巨木である。また伝承では加賀藩、前田候が上洛の際に
何度もこの桜を振り返り、その美しさを愛でたので以来「見返りの桜」と呼ばれるようになったとの
由緒がある。いまは「清水(しょうず)の桜」として広く知られている。
平成3年3月、県の自然記念物に指定。


滋賀北部では有数の一本桜だそうですが、上記の由緒だけで観光地化したようです。
あんまりディスると琵琶湖の水を止められるので、コメントは無しで(笑)
さて、まだ13:30です。もう少しブラブラしましょうか。
本当は南越前町にある浄教寺の桜を見て、すぐ近くの「花はす温泉そまやま」に
温泉博士で入ろうと思っていたのですが、ここから往復100kmコースなので
明るいうちに京都まで帰れなくなる。パス。
テントのポールがあれば、越前町のキャンプ場に行くのに・・・

そういえば、下見したいと思っていたキャンプ場が近くにあるのを思い出した。
そこに行ってみましょう。
(続きます)
【酒波寺の行基桜】
酒波寺は、奈良時代に行基によって開かれた。その後、元亀3年(1573年)織田信長により
焼失し、後に再建された。桜の幹の祠から炭が出てきたので寺院が焼かれたとき焦げ
再生したと考えられ、当時すでに大木だったことから樹齢5~600年と推定されている。
平成15年の大雪で北側の大枝2本が裂け、半分の姿にになった。蕾は赤く、花は小さく、
散る前に純白になる。
公称21.5mとのことですが、滝屋の感覚としては20m台後半くらいはあると思います。
10年ほど前に、雪の重みで北半分の枝がごっそり折れてしまったそうです。
確かに、現物を見ると歪な形をしています。
かなりの満身創痍ですが、命あるかぎり楽しませてください。来年も、再来年も。
このお寺は芝生スペースもあるし、観光地化されていないし、
弁当持ってお花見するには丁度良いと思います。来年も来よう。
さて、今日の最後は「清水(しょうず)の桜」です。
※そういえば、大野市役所近くの有名な湧き水「御清水」も「おしょうず」って読むよね。
北陸の歴史的な背景でもあるのかな。
【清水の桜】
水上勉の小説「桜守」にも登場する巨木である。また伝承では加賀藩、前田候が上洛の際に
何度もこの桜を振り返り、その美しさを愛でたので以来「見返りの桜」と呼ばれるようになったとの
由緒がある。いまは「清水(しょうず)の桜」として広く知られている。
平成3年3月、県の自然記念物に指定。
滋賀北部では有数の一本桜だそうですが、上記の由緒だけで観光地化したようです。
あんまりディスると琵琶湖の水を止められるので、コメントは無しで(笑)
さて、まだ13:30です。もう少しブラブラしましょうか。
本当は南越前町にある浄教寺の桜を見て、すぐ近くの「花はす温泉そまやま」に
温泉博士で入ろうと思っていたのですが、ここから往復100kmコースなので
明るいうちに京都まで帰れなくなる。パス。
テントのポールがあれば、越前町のキャンプ場に行くのに・・・

そういえば、下見したいと思っていたキャンプ場が近くにあるのを思い出した。
そこに行ってみましょう。
(続きます)
Posted by diamond_gust at 21:00│Comments(0)
│◆京都近辺
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